ガイアのうた

終戦後はじめての「ねぶた祭り」

米兵も興味津々 終戦直後のねぶた

「これはいったい何ですか?」と進駐軍の大佐に話しかけられ、笑顔で応対する和服姿の女性たち。戦後の占領期に撮影された写真で、1950(昭和25)年5月号に掲載された。説明文で「巨大な張り子のサムライ」と形容されたのは、青森のねぶたである。

 古くは江戸時代に記録が残る青森のねぶたは、日中戦争が勃発した1937年から、戦時中はほぼ中止されていた。復活したのは終戦後の46年。青森市発行の『青森ねぶた誌』によれば、「軍国調にならない範囲で」と注意を受け、「進駐軍に気がねしながら」2地区でねぶたが運行されたという。

 戦後、年を追うごとに規模を拡大したねぶたは、58年に「青森ねぶた祭」と名称を変え、今では数百万人が訪れる日本最大級の夏祭りとなった。(ナショナル ジオグラフィック協会 写真資料室から)

 

 今日は「終戦の日」です。
戦争を実体験したことのないわたしですが、心から平和を・・いつも思っています。なんだか薄っぺらい表現で、もどかしいですが。

 上記の写真、「張り子のサムライ」可愛くて、嬉しくなってしまいました。
地域の方々が、一生懸命、心をひとつにして作ったんですね・・。

 和服姿のお姉さんたちも、みんな嬉しそうで、楽しそうで、可愛い。

 こんな日常に暮らしていること、生きていられることが・・・「平和」。あまりにも当たり前の日常に囲まれていて、気がつかないことに、「終戦の日」が思い出させてくれました。

 いまのねぶた祭り↓

 

 

日本中の村、町、市が標的になりました。(最後は福島第一原子力発電所の建っている場所、浪江町までも)

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