ガイアのうた

こけし雛

 わたしが子どものころは、博多に住んでいたようです。ちょうど太宰府天満宮のすぐそばだったとか・・

自分では断片的に幼稚園に通っていた情景とか、古いアルバムを覗くような記憶は、断片的ですが、かなりはっきりと覚えています。

 しかしこれも不思議です・・「なぜ過ぎた日のひとかけらだけが鮮明にあるのか?」  

99.9%はすっかりどこかへ飛んで行って、なくなっているのに。

脳科学というのでしょうか、そのなかの記憶分野というのかなぁ?

 

 父と母は、父が大学院生のときに結婚したそうなのでかなり家は貧しかったと思います。

 そんな貧しい家庭だったので、今のような豪華な雛壇が、部屋いっぱいに飾られていたことは
ありませんでした。

 子どものころ、わたしが、いつも遊んでいた 愛しい人形は、写真の右側に写っているような「こけし」でした。お雛様は10余年前に亡くなった友人がプレゼントしてくれたものです。和紙でできた可愛いお内裏さまです。こけしの大きさが高さ6.5センチ、直径3センチほどです。

 

残っている記憶のかけらによると、たぶん母がわたしの??歳の誕生日に買ってくれたこけしのようでした。写真のこけしよりもふた周り程おおきくて、高さは8センチ位じゃなかったでしょうか。

どんな風に遊んでいたかという記憶はないのですが、おもちゃもほとんどなかったので、女の子の一員として、やはりその「こけし」人形が可愛くてしかたがありませんでした。
夜、布団に入るときもいつも一緒にわたしの横に置いて寝かせていました。

雛祭りのときは、お雛様になりましたが、男雛はまだいませんでした。・・というより、ずっといませんでした。

 

 その後、博多から埼玉へと引っ越したり、いろいろとあった生活のなかで、その愛しいこけしのことは、記憶のかけらからも消えてしまいました。埼玉へ移ったころにはありました。小学生のころには一緒にいました。・・とそこまでは、記憶があるのですが。

 

 

結婚して、何10年も家庭生活を送っているなかで、突風のように、そのこけしの記憶が蘇ってきました。

あの、こけしはどこに行ったのだろう・・・

ふと、悲しくなりました。
あれほど、大切に愛していた「こけし」の行く末がわからないことに・・・

ずいぶん身勝手なものです。
なんだか、自分が嫌いになってしまいました。

 

数年前のことです。
東京の調布に住んでいる友人宅で、写真に写っている小さいこけしを見つけました。

行く末のわからなくなっていた「こけし」と、とても良く似ていました。

そして、いま友人からもらった小さいこけしは、わたしのパソコン机の棚にちょこんといてくれています。

 

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